TVアニメ『ポケットモンスター』でこれまで冒険を続けてきた少年サトシが、今年2023年の最終章にて、主人公という物語のフォーカスから外れるらしい。
マサラタウンにさよならしてからどれだけの時間経っただろう……26年も!?
一方同じくマサラタウン出身の主人公に
レッドという人物も存在する。ゲーム『ポケットモンスター金・銀』(以下金銀)の裏ボスとして立ちはだかる「前作主人公」像が有名だろう。
最初の作品『ポケットモンスター赤・緑』(以下『赤緑』)が発売されたのは 1996/2/27。
TVアニメ化し日本国内でスタートしたのは1年後、1997/4/1。
アニメのサトシはゲームの主人公から派生した存在である。
ということは、レッドがサトシの原作?…と単純な話でもないようだ。「主人公」からのキャラクター派生ラインを整理してみたのが1枚目の図である(3/28修正:『ミュウツーの逆襲Evolution』の3DCGサトシ追加、アニメ『XY&Z』からゲーム『サン・ムーン』へのサトシゲッコウガの影響を表す矢印追加、見やすさの調整)。
スマホ向けアプリ『Pokémon Mmasters EX(以下ポケマス)』3周年でサトシとレッドが邂逅したのも記憶に新しい。この2人の主人公、そしてアニメとゲームの関係を振り返ってみたい。
原作のゲームの主人公には 実は決められた名前がなく、ゲームを遊ぶ人が名前を自由に決めることができる。本名を入力しても、レッドやサトシになりきっても良い。
いくつかのゲーム公式サイトでは主人公を以下のように紹介している。
『ポケットモンスター』シリーズ※のゲーム中では「はい・いいえ」などの選択肢を除いて 主人公が喋る描写を極力見せない。どのような人物としても解釈可能なように特定の人格を与えられていないのが特徴だ。
※ここでいう『ポケットモンスター』シリーズとは、ポケモン公式サイトのゲームソフト一覧でチェックを入れると確認できる、いわゆるゲーム本編のことである。
ではレッドの名前は一体どこから現れたのだろう。
最初に「レッド」が登場したのは"説明書"
『赤緑』を購入したプレイヤーがゲームのパッケージを開封して最初に目にするのは「取扱説明書」という紙の冊子だった。現代のゲームには付属しないことが多いだろう。
『赤』の説明書(画像左)では主人公をレッドと呼び、ライバルはグリーンと呼ばれている。
『緑』(画像右)では主人公とライバルの名前が入れ替わり、それぞれグリーンとレッドとなる。
実際にはゲーム開始時にレッドやグリーンでない名前を決めることができる。
この時点ではレッドとグリーンどちらも主人公の名前であったはずだ。
しかし初めて主人公を「
レッド」の名に固定したのはコミカライズ作品「ギエピー」で有名な穴久保幸作先生の『ふしぎポケモンピッピ』(別冊コロコロコミック1996年4月号~)、後の『ポケットモンスター』(月刊コロコロコミック)だ。第1話が
ここから読める。
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この"レッド"の本名は「赤井勇」 |
最初に「サトシ」が登場したのは"選択肢"
ゲームを開始すると最初にオーキドから主人公の名前を尋ねられる。「じぶんできめる」の他に3つの選択肢が並べられており、説明書のレッドの他サトシがいる。
レッド サトシ ジャック / グリーン シゲル ジョン
この時点で他にサトシの名前があり、ライバル名の候補にはシゲルの名前がある。
TVアニメのサトシとシゲルの名は、こちらを採用したわけだ。
有名な話だが、サトシはポケモンの生みの親・田尻智氏の下の名前「智(さとし)」であり、氏が先人ゲームクリエイターとしてライバル視していたスーパーマリオの生みの親・宮本茂氏からとられたのがシゲルである。
サトシとシゲルから主人公を選ぶとしたら、ポケモンの生みの親であるサトシの方を固定の主人公名に選ぶのは至極当然と言える。であれば、どちらか一方に決めなければならない場合、『赤』基準でサトシレッド側を主人公、シゲルグリーン側をライバルとみなすのは自然な流れかもしれない。
この時点では、まだアニメが放映される前、シロガネやまのレッドも存在しない。
ライバルという存在
田尻氏「(前略)そしたら宮本さんが、田尻くんはいい選択したねって言ってくれたんです。ぼくはものすごくそれが嬉しかったんです。生意気に言うとライバルかもしれませんが、でもやっぱり兄貴ですね。」(書籍『ポケモンストーリー』 2000/12より)
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2016年マリオとポケモンのコラボ イメージイラスト |
今でこそマリオシリーズに負けずとも劣らないまでに大きくなったポケモンシリーズだが、発売前からそれぞれのクリエイターどうしお互いをライバルと認める形でゲームの名前候補に仕込んでいたのはすごいことだ。
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『スカーレット・バイオレット』でライバルを必要としているネモ |
ライバルの存在が自らを高めるために必要だというメッセージは、ポケモン本編シリーズ最新作でも変わらず描かれており、ポケモン原案の田尻智氏自身が実践して見せたことが何よりアツい。
通信対戦、公式大会の観点では『赤』のプレイヤーと『緑』のプレイヤーはお互いライバルであるとも、どちらも主人公であるとも言える。(もちろん『赤』と『赤』でも構わない)
『赤緑』にライバルとなる登場人物がいること、そしてバージョンでその名前候補が互い違いなのは、プレイヤーどうしもライバルとして等しく競い合う関係だと意図されていると考えてよいだろう。
『青』での名前候補は?
ちなみに遅れて発売された『青』(1996/10/15)では主人公・ライバルの名前候補は
主人公名 :ブルー ツネカズ ジャン
ライバル名:レッド・グリーン・ヒロシ
主人公名第1候補はバージョン名の色という命名規則に従ってブルーとなったが、
ライバルの色に関して『赤』と『緑』の対から外れた『青』ではレッド・グリーン両方を盛り込む事になったようだ。
ここで"レッド"は、主人公よりもライバル名で二度候補にあがった名前になった。
『青』発売前に刊行された攻略本『任天堂公式ガイドブック』の表紙に主人公・ライバルの他に女性キャラクターが描かれていた。だが初代ゲームにはこの人物は登場しない。
公式アートを担当された杉森建氏による攻略本表紙のためのイラストで、当時は名称不明だったが後にリメイク版『ファイアレッド・リーフグリーン』(以下『FRLG』)の
女の子主人公としてアレンジされたり、Switch版『Let’sGO!ピカチュウ・Let’sGO!イーブイ』(以下『ピカブイ)』ではNPCキャラクター・ブルーとしてアレンジされる。
"ブルー"の名は漫画『ポケットモンスターSPECIAL』でゲームよりも先にこの女性キャラクターに関連付けられた。
第2候補ツネカズについて。
サトシ・シゲル・ツネカズ それぞれ権利表記に名を連ねる三社の重役…
田尻智(GAMEFREAK) 宮本茂(Nintendo) 石原恒和(当時Creatures)…から名前がとられたことになる。
ライバル側の第3候補ヒロシは 山内溥 元社長(Nintendo)からとられたかもしれない。(TVアニメではシゲルとは別のライバルの一人として登場した)
TVアニメの主人公「サトシ」登場
1997/4/1 地上波でTVアニメが放映開始。
ここでようやく、今現在知られる一人格としての
サトシが登場する。
『赤』での名前候補のひとつにして、ゲーム原案・田尻智氏にちなんだ、十分な理由をもったネーミングだ。
旅立つ前に3種(通称御三家)の内から1匹ポケモンを貰うことのできるゲーム原作と異なり、主人公が最初にもらうポケモンがピカチュウへ変更されている。その理由についてはよく知られているので触れるまでもないだろう。
彼の目標である「ポケモンマスター」という概念は前述の『任天堂公式ガイドブック』が初出のようで、ゲーム内には存在しない単語だ。
同時期発売の攻略本『ポケットモンスター図鑑』には
ポケモンマスターの単語は登場しないが(この本とアニメとの関係は
こちらの記事で解説している)、両書がアニメ化の際に参考にされたと思われる。
同時期に連載スタートしたコミカライズも影響が色濃い。
中央:『電撃! ピカチュウ』(別冊コロコロコミック 1997年4月号〜)
主人公名サトシでアニメのシナリオに沿ったコミカライズ。デティールが異なる。
左:『ポケットモンスター SPECIAL』(小学4年生他 1997年4月号〜)
こちらは主人公名レッドでアニメとは最も内容が遠いだろう。ゲーム設定に準拠しているがオリジナリティが濃い。ニックネーム「ピカ」というピカチュウが手持ちにいる。
右:『まんが版 ポケットモンスター全書』(1998/4)
主人公名がサトシかつ"ポケモンマスター"に憧れるというところまで共通だが、内容はゲームに準拠かつ補完するものになっている。
ポケモンの海外展開
1998/9/8 北米でアニメがスタート。サトシの英語圏での名前は"
Ash"だ。
遅れて9/28 北米ゲームが発売される。グラフィックは『青』版のものが使われている。
候補名は Red Ash Jack サトシがAshに置き換わったものになっている。
日本国外ではレッド/ブルーの2本同時発売なため、ライバルが"ブルー"になっている。
初代のタイトルで世界共通なのが『赤』バージョンであることは、この先 初代の主人公名が『レッド』に絞られる理由付けとして強いかもしれない。
アニメ→ゲームの流れ
1998/9/12『ピカチュウバージョン』(以下『ピカ版』)発売。
TVアニメ化後に発売された初のタイトルで、ゲームのグラフィックやシナリオがアニメに寄せられた内容になっている。主人公のピカチュウのみ鳴き声がアニメの声(CV大谷育江さんの声を再現した波形ノイズ)になっているという力の入れようだ。
以前の記事で紹介したがピカ版を境にゲーム内グラフィックもアニメ寄せになっている。
元々ドット絵で直にデザインされたキャラクターの細部が、グッズ商品化やアニメ化を経て詳細に定まり、ゲームグラフィックへ反映された。
特にオーキド博士から最初にもらえるポケモンがピカチュウに決まっており、モンスターボールに入らず後ろからピカチュウが付いてくる。後の世代に"連れ歩き"として引き継がれる要素はこれが原点でもある。
主人公名 :イエロー サトシ ジャック
ライバル名:ブルー・シゲル・ジョン
色名の名前候補は従来通りイエロー、開発者名にちなんだ名前候補はアニメに合わせサトシ/シゲルが再び採用されている。
主人公とライバルのグラフィックも『赤緑青』から変更されている(取り扱い説明書に絵描かれた公式アートに合わせた)。
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バトエン サトシとレッドがまだ完全に分離する前の商品 |
この頃、まだゲームの主人公=プレイヤーの分身に、はっきりとした人格は存在しなかった。ゲーム公式アートの少年はレッドでありサトシであり、グリーンでもブルーでもイエローでもあった。2023年現在ほどサトシとゲーム主人公が区分されていなかったのだ。
NPCレッド登場とサトシの残り香
1999/11/21『金銀』ではクリア後のラスボスとしてレッドがNPCとして登場。このレッドこそが、現在多くのファンが認識している初代ゲーム主人公の姿ともいえる。前作からのプレイヤーにとって"俺"ではない主人公との遭遇に驚きがあっただろう。
ピカチュウがLv.81と非常に高レベルで、リメイク版『ハートゴールド・ソウルシルバー』(以下『HGSS』)ではピカチュウがLv.88へアップ、シナリオ中に戦える敵としてはシリーズ通しても最高の設定だ。(『ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール』の強化シロナのガブリアスがLv.88で並ぶ)
さらに前作御三家を全種連れている。こちらは『ピカ版』でシナリオ中、イベントで入手できるポケモンをパーティとしている。『ピカ版』の主人公を引き継いだ世界線とも言えるが、そもそもはアニメのサトシの活躍に倣ったものである。前作主人公がレッドではなく、サトシとして登場したとしても違和感ないかもしれない。
シナリオの途中で今作のチャンピオン・ワタルが「ポケモンマスター」という単語を用いだす。『金銀』主人公が旅立ちの際に目指したりした描写はなく、作中では突然この単語が登場することになる。プレイヤーがアニメを視聴している前提か、あるいはラスボスにサトシを想定した伏線の名残だろうか。
アニメは本来、"ポケモン2"こと『金銀』が発売されるまでに最終回を
迎えるつもりで迎えることが可能なように(3/19修正)シリーズ構成が組まれていたが、『金銀』の発売延期のためオレンジ諸島編でつないだりしつつ、そのまま終わらないシリーズになってしまった。アニメ初期のシリーズ構成担当
首藤さんのコラムで詳しく触れられている。
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『公式ファンブック』(1997/5)で金銀開発初期 前作主人公をサトシと呼ぶ田尻智氏 (3/19画像追記:Twitterでのリプライで思い出しました。ありがとうございます。) |
邪推に過ぎないが、アニメが終わらずサトシの冒険が続くことになり、ゲーム内に「ポケモンマスター」として登場させるには無理が生じたため、別人としてレッドの名前で配置することにしたのではないだろうか。本当にそうかどうか知るよしもないが。
多くの人が、ゲームとアニメは異なるもの、レッドとサトシは異なる人物、と意識するようになったのが、ここからではないだろうか。
レッドのビジュアル更新
2004/1/29 『FRLG』で『赤緑』がリメイクされる。
男の子主人公の見た目が更新されただけでなく、前述の通り女の子の主人公も選択肢として追加された。
こちらの主人公アートがレッドの現在のスタンダードなイメージとなっているかもしれない。
『スマッシュブラザーズ』シリーズではあくまで「ポケモントレーナー」としての参戦だ。
NPCレッドとしては『金銀』のリメイク『HGSS』でもこちらのデザインが引き継がれ『ブラック2・ホワイト2』にも登場する。アプリゲーム・ポケマスに登場するレッドもリメイク版のデザインを基本としている。
また、『赤緑』=『FRLG』の物語に沿ったアニメ作品『ポケットモンスター ジ・オリジン』(2013)の主人公もここから派生したレッドだ。
以降レッドは作品毎に異なるデザインで描かれている。
2016/11/18『サン・ムーン』では成長し大人になったレッドとして登場。
2018/4 ポケモンセンター(店舗)20周年記念イラストは『赤緑』準拠。ポケカにレッドの名が登場するのもこの時が初?
2018/11/16『ピカブイ』では主人公ではなくNPCとして頭身の低いデザインで登場。
金銀レッド含め、おそらくどれもパラレルワールドのレッドであり、一貫した歴史をたどってきた同一人物ではない。
総合的にぼんやりしている「ゲーム原作のレッド像」をなんとかまとめているのがポケマスのレッドだろう。
サトシのビジュアル更新
対してサトシは、シリーズごとに描かれ方に差異が出るものの、1997からずっと同じ人格を通している。衣装と合わせて顔つきなどキャラクターデザインも時代に合わせて変化している。
劇場版20作目『キミにきめた!』(2017)は初期のエピソードをリブートした作品であり、それ以降の劇場版作品は完全にパラレルワールド(並行世界)のサトシとする観方が強いだろう。帽子のデザインの違いから「サトシ(キミきめキャップ)」と呼称しよう。
キミきめキャップのサトシの劇場作品群は、TVやゲームでの展開に合わせるノルマから切り離され、クオリティ高く意欲的な作品が続いていたが、コロナ禍に見舞われて『ココ』(2020)以降ポケモン映画が作られなくなってしまった。非常に残念だ。
(2023/3/28追記)2019年には3DCGアニメーションで劇場版第1作をリメイクした『ミュウツーの逆襲Evolution』が公開された。ポケモンが使用するワザや劇伴が変更せらた程度で、内容に変化はない。波止場のカモメがキャモメと言い換えられたのが面白い。(追記ここまで)
上の図ではオマケとしてTVシリーズ作中で描かれた鏡世界、別世界のサトシの分岐点も加えておいた。同じように本筋のサトシも、キミきめキャップサトシも、ゲーム本編のレッドたちの世界も並行世界として存在するのかもしれない。
サトシとレッドはライバル
「ポケモン」においてゲームとアニメのメディアミックスは恐ろしいほど噛み合っていたと思える。
時に原作ゲームと違う!と異を唱えながらも、ゲームでは描けない不思議な生き物たちの活き活きとした動きや人と触れ合う姿を見ることで、ポケモン世界の解像度を高め、豊かなものにしていけた。
第1話にしてボールに入らないピカチュウを描くという、ポケモン捕獲の要のアイテム「モンスターボール」のコンセプトを否定する所から始まるのは凄い。
これがなければ『ピカ版』のなつき度や連れ歩きも生まれず、ポケモン本編ゲームが今の形になっていたか、そもそも続いていたかもわからない。
ゲームの新要素メガシンカに対してアニメオリジナルのサトシゲッコウガを登場させた時もそうかもしれない。ゲーム側に欠けているものを補完し盛り上げてくれた。
ゲーム開発スタッフ、アニメ制作スタッフ双方のベストを尽くしながら表現で戦い続けてお互いを高め合っていた様子はまさにライバルと呼んで差し支えないだろう。レッドとサトシ、決して交わらないメタ世界でのライバルだ。
沢山の凸凹も生まれたけれど、今ではどれも良い想い出。
ポケモンが1000種を超えて、サトシの冒険を追うカメラが止まり、この先どんな世界が待っているのか、非常に楽しみだ。
ありがとうサトシ。
かつて一つの主人公だったプレイヤー・[じぶんできめる]、レッド、サトシがポケマスで集結したのは 胸アツ!というお話。