ポケモン20thを祝いつくす動画でんきタイプの解説です。
でんきタイプのコンセプトは構想時点で何度か変動があり、「かがくのちからってスゲー!」という科学学習な雰囲気、ディズニーランドのエレクトリックパレード、アニメの「だーれだ」のようなシルエットクイズ…など試行錯誤が続いていました。
ピカチュウに始まり、プラスル・マイナン~デデンネまで、頬でんきぶくろ族が集結しているため、彼らを中心にまとめていく方針にかたまっていきました。
動画シリーズ制作は遅れが発生していたため、20周年である2/27当日に全タイプの公開は間に合わないと判断し、でんきタイプを一旦の区切りとすることにしました。エンディングと接続する演出へと変更したため、全体的に制作者への感謝を押し出した内容になっています。
BGMは電気、ピコピコサウンド、という連想で黒魔さんにお願いしました。エレクトリックパレードというキーワードをお伝えして、初代~金銀のBGMメドレーで纏めていただきました。制作途中、初代自転車BGMが、どくやむしタイプ(自転車アレンジのむしとり大会)とかぶってしまったため、差し替えなど調整をしていただきました。
ピカチュウはポケモンシリーズを代表するキャラクターと言ってしまって過言ではないでしょう。初代のイメージからアニメや漫画、派生ゲームやポケモンセンターの絵柄まで幅広い顔をもつピカチュウたちを全て描いてくださったのはLaiさん。それぞれについて詳しくはこちら(pixivのページ)を参照ください。ピカチュウというのがポケモンの種族名であり、いろんなピカチュウがあっていい、サトシのピカチュウもプレイヤーのピカチュウも個として両立できる、それがポケモンというキャラクターの特徴であり、他にあまり見ない魅力ですね。LaiさんにはHGSSで出会えるピチュー(色違い)とギザ耳ピチューも描いていただきました。
多くの電気ポケモンは、電撃のビリビリをイメージした線画でパーツを見せてポケモンクイズをしている場面とするため、通常の彩色されたイラストと、線画のみの状態2種描いて頂きました。線画の方はビリビリさせるためにさらに差分を数枚用意して動かしています。
サンダースは マツコさん、コリンクは に塩かさん担当。
また、ポケモンクイズを見守り、リアクションをとる存在として、各世代に登場するピカチュウ似の歴代でんきぶくろ族を配置しました。プラスル マイナン、そして後に登場するパチリス エモンガ デデンネは あまみさん担当です。ポケモンによって反応を買えるため、喜んだり、驚いたり、といった表情差分をお願いしました。
エリキテルはヒダの形状変化がモーションとして存在する、3DS世代ならではのデザインです。電気のスイッチON/OFFを意識したシーンとして、ひだが垂れている状態と放電中の状態を コロ輔さんに描いていただきました。
メリープ モココ デンリュウも寝ている状態と目覚めた状態のスイッチングを かものさんに描いていただきました。メガデンリュウはタマゴ分類がドラゴングループでないポケモンが得たドラゴンタイプとして珍しいパターンです。日本人であれば電流→電龍と察しがつきますが、英語圏のAmpharos(電流のアンペア+ファロス島のアレクサンドリアの大灯台)からメガシンカでドラゴン化する発想は出てこないかもしれません。
引き続きポケモンクイズです。くうさん担当のラクライは、なかなか見ない犬っぽい表情が新たな魅力を引き出してるように思いました。ルクシオは に塩かさん、エレブーは 作之介さん、バチュルは うりゅさん担当です。リアクションにも変化が出てきます。
ビリリダマといったら自爆を おとなラPがアニメーションさせてくださいました。
エレザードはフラッシュをたいて威嚇している場面。モチーフのエリマキトカゲが出演した古い有名なクルマのCMをイメージして ツク之助さんにお願いしたところ、CMのように襟巻を広げて走る姿は本来の野生ではめったになく、撮影用にストレスを与えられた不自然なものだったと教わりました。あまり見れる機会なくもったいないなぁと思っていたのですが、ゲームフリークが攻撃時にしか襟巻を立たせないようにモーションを組んでいるのには、そういうわけがあったんですね。勉強になりました。
クリーチャーズは主にプロデュースの立場から、現在の株式会社ポケモンの石原社長が当時立ち上げた会社で、日本初の国産TCGとしてポケモンカードの開発も進めていました。『ポケモンいえるかな?』のイマクニ?氏も出させて頂きました。イマクニ?氏自身のイラストのタッチを意識して生㌔が描きました。
ポケモンを制作した中心が田尻智氏を社長としたゲームフリークです。ピカチュウが取得した専用技"ボルテッカー"の元ネタである、ゲームフリーク制作の過去作品「パルスマン」に登場してもらいました。担当はニドさん。同じくゲームフリーク制作の「ソリティ馬」にはまった参加者さんから、シママでオマージュして描きたいと提案があったので採用しました。担当のマツコさんに、シママが馬走りするアニメーションと、優勝風イラストでジョッキーに扮したBW主人公とカミツレを描いて頂きました。
ポケモンクイズ、 シビルドンは るいんさん、レントラー どーさん担当です。デンチュラはエレキネットで登場。毛糸球さん担当。
youtube版で追加されました、"電"車繋がりでBWのノボリとクダリ。 青波燦さん担当。
ラストのエレクトリックパレードです。ライチュウは どーさん、エレキブルは 68さん、ライボルト、メガライボルト担当は くうさん。このあたりは強そうなポケモンたちで。
ボルトロス(れいじゅう) コロ輔さん、ライコウ まにょんさん、コイル ひわたさん、サンダー 作之介さん担当です。伝説の間にはさまれても遜色ない存在感のコイルさん。
ニコニコ版ではここでエンディングに突入して、ここまでの参加者のクレジットと、応募頂いた皆さんのお祝いイラストをスライドショーで流しました。「ポケットにファンタジー」原曲など姑息な演出も使ってしまいましたが、それについてはまた後日解説するとして、youtube版の方で追加されたものを説明します。ポケモンが20年も続いたのはこの人たちのおかげ!という生㌔個人的なセレクトで偉人たちに感謝の気持ちを伝えるコーナーとしました。担当者が描かれていないものは生㌔が写真から模写したイラストです。
初代ポケモンをバージョン分けするアイディアを、赤緑2色に絞るアイディアなど、プロデユースの立場から助言してくれた宮本茂氏。ライバルの「シゲル」の名前の由来でもあり、ポケモンが今年コラボしたマリオシリーズの生みの親でもあります。
ポケモンが子どもたちに普及する流れを支えたコロコロコミック、小学館の久保雅一氏。
アニメ化も彼が持ち込んだ企画だそう。その流れは書籍「ポケモンストーリー」などで詳しく見れます。
ポケモンアニメ総監督であり、来年20作目を迎える劇場版の監督を続けてきた湯山邦彦氏。間違いなくアニメの、下手するとゲームの内容より広く世間に知らしめた"ポケモン世界観"を方向付けた方であり、ポケモン20年を語るのに外せない人物です。
故・首藤剛志氏はポケモンアニメ初期の脚本家であり、シリーズ構成をされていました。視聴者を虜にさせる独特の台詞回しはロケット団の口上などにも表れていますね。何故サトシのピカチュウがボールに入らない設定にしたのか、ニャースがしゃべるのか、そしてミュウツーの逆襲制作の舞台裏などが読める アニメスタイルでの連載記事は必読です。石原恒和社長は、前述のとおりポケモンのプロデューサーとしてクリーチャーズ社をたちあげ、ポケモンカードなどを開発していましたが、ポケモンのヒットによってグッズなどの版権管理が膨大な量となり、キャラクタービジネスを管理するための会社として株式会社ポケモンを立ち上げました。現在のクリーチャーズの方は「めざせポケットモンスター」の作曲者でもある田中宏和氏が社長になっています。
ポケモンの原作ゲームを制作しているゲームフリークの森本茂樹氏。プログラマーとして初代から参加しており、ポケモンのデザインもしています。明かされている話では、幻のポケモンミュウをこっそり仕込んだ実行犯、ということになっています。赤緑完成直前に、通信ケーブルを活かす遊びとして急遽通信対戦が実装することになり大変な思いをされたよう。以来ポケモンは収集や交換以上にポケモン対人戦ゲームとしての側面が大きな位置を占めるようになっていきました。現在は新しい技や特性、対戦バランスを監修するバトルディレクターです。
ゲームフリークポケモンサウンドチームの4人、景山将太氏(ORASまで参加) 、一之瀬剛氏、足立美奈子氏、佐藤仁美氏。この企画でも数々のゲームBGMをお借りしてアレンジさせて頂きました。イラスト担当はマツコさん。
ディレクター、プロデューサー、そして作曲家でもある増田順一氏。あまりにもポケモンの表の顔として立ちすぎていて、担当されてない仕事についてさえ「増田ァ」と言われてしまうほど…どんな辛辣な言葉にも丁寧にリプライ返していく強い人ですね。初代ポケモンの全ての音楽と鳴き声、効果音を担当し、RSからXYまでのゲーム完全新作をディレクションしてきました。初代からどんどん変わっていくポケモンですが、もはや20年のうち半分を育ててきた男と呼んでも差し支えないのではないでしょうか。ついにサンムーンからはディレクター世代交代に。今までお疲れ様でした。そしてこれからもポケモンをお願いします。いつまでも元気に曲を作り続けてほしい!
アートディレクターの杉森建氏。初代からトレーナーやポケモンの公式絵を描き続けて、大勢のデザイナーによるキャラクター群に、杉森さんの絵柄という統一感を与えてくれました。今も変わらぬポケモン感というのの拠り所のひとつとも言えるかもしれません。それも徐々に他の社員の方へ受け継がれていき、少しずつ世代交代が始まっているように思います。
自分も杉森さんのイラストには多大な影響をうけました。初期の水彩塗りも素晴らしいですが、金銀のトレーナーやポケモンカードなどデジタル彩色による試行錯誤も早い時期でしたね。公式絵の塗りの質感もデジタルへの移行としては成功していると思っています。
難しいかもしれませんが、いつかデザインチームの資料をまとめた本を出してください!
最後はゲームフリーク創設者、創刊者である田尻智社長。同人誌からのスタート、ファミコンでインディーズでゲームをリリース、そしてポケモンを生み出したもはや伝説の人物です。小さな会社を維持しながら6年もの歳月をかけた苦労と執念、初代ポケモン0から1に変えた功績は測り知れないでしょう。初代ポケモンの独特の世界観とゲームデザインは今もなお魅了されるものであったと、VCやPokemonGOをやりながら再確認しつつ、徐々に内容が明かされていくサンムーンへと"進化"を遂げた姿と見比べるという ものすごい20周年を体験させていただきました。
弱点順で組まれている公開順は、実は途中で変更があって
みず→でんき→じめん→くさ→ひこう→こおり で当初考えていましたが、
みず→くさ→ひこう→でんき→じめん→こおり に組み替えました。
BGMの金銀エンディングと、クレジットと公募したEDイラストを合わせるのが一番しっくりくるので、2/27までに組み上がっている くさ・ひこうを先行公開、また到底間に合わない"じめんタイプ"を先延ばしにするため、弱点順がつながる範囲で変更しました。
でんきタイプの動画を見るたびにそんな動画制作当時のバタバタを思い出します。
次回、じめんタイプです。
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